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【過去との対峙2】あらかじめ失われた物語たち

 年末の引越しに向けて部屋の中のものを整理し始めた僕なわけですが、4年も同じ部屋に住んでいるとまあ色々なものが堆積、蓄積していくもんで、不意に過去の自分と対面する羽目になった日々を色々書いていきたいこうかと……。


 日記と一緒に、たくさんの紙ぺらが出てきた。
 大体がA4のコピー用紙。二つ折りにされて、日記に挟まっていた。
 パッと見て、絵が描いてあるわけでもなく(中~高校生ぐらいまで、A4の紙に落書きを書くのが趣味だった)、なんだろうと思ってひらいてみると……。


 小説だった。



 というか正確には、小説ですらない、所謂「プロット」というものだった。
 プロットとは、物語の設計図のようなもので、物語の始まりから終わりまでの流れを記述した、早い話が物語の要約みたいなもんである。
 で、そのプロットが、無数の紙ぺらに書かれ、ざっと見て30作品分ぐらいある。
 なかなか凄い数。
 でも全部未完成。
 全部プロットのみ。存在しない物語の要約。


 あ、アホか……。 

 中には、設定に対しての注釈がいくつかあるけど、もうツッコミどころしかない。「読者によっては伝わらない?」などとかかれていたりするが、いねーよ読者! 書いてないもんお前!
 
「この部分は長いようなら割愛してもいいかも」 そもそも書いてないからね!? 書く前から長さ気にする必要ないからね!?

「前作も出てきたタイプの主人公なので修正?」前作も何も、前作も書いてないし今回も書いてないからね?


 ……などと、まあ。

 で、なんでこんなに無数のプロット(だけ)があるのかと考えた時に、これを書いたであろう高校一、二年生当時、僕は大塚英志の『ライトノベルの書き方』みたいな本を読んだ記憶がある。
 これは大塚英志が小説を「きちんと構造的に把握すれば物語は誰でも書ける」という名目の元に解体して構造を説明し、読者に向かってその小説の創り方を教えていくというようなものだったと思う(手元に無いので詳細は違うかもしれない)
 その本で紹介されている、「小説を書くテクニック」の一つに「プロットをいくつも作れ!」みたいなことが書いてあった気がするのだ。
 確か、「愛情」「破滅」「救済」みたいなキィワードが書かれたカードをいくつも用意し、それを引いていき、順番に起承転結を当てはめるとか何とか……。
 そんなこんなで、こんなにも間抜けで穴だらけのプロットたちがいくつも乱立したというわけである。

 プロットは確かに物語の設計図だとは思う。だけど、設計図をいくつも量産したところで、それを実際に建設してみないと、本当の物語の出来というものはわからない。強度や総合的なデザイン、雰囲気など実際に立ててみないとわからない部分もたくさんある。

 僕がやっていたことは、ひたすらに架空の建物の設計図を、強度も何もかも無視して、書くだけ書いて満足するという、まさに自慰行為以外の何者でもない、むしろそれ以下の行為だったわけだ。

 言うは易し行うは難しというかなんというか。
 僕の好きな小説の台詞に「できる、ということと、やるということは全然違う」という言葉があるのだけど、まあーまさにそれである。

 結局、頭の中でどれだけアイディアをこねくり回して良いものを考えることができたとしても、例えそれより劣っていようとアイディアを実現させた人間にしか結果や評価というものは与えられない(それが必ずしもいいものだとは限らないけれど)
 少なくとも、その場に飛び込んで行動したものにしか、その行為についてとやかく言う権利はないのだと思う。


 書かれることの無かった無数の物語。そして多分、これからも書かれることはないであろうそれらを、まだなんとなく捨てられずに、僕はそっとノートに挟んでしまってある。
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【過去との対峙1】 日記が出てきた

 というわけで滞りなく滞っていましたこのブログも、なんとかこう、無理やりにでも動かしていかんなあと思ったり思わなかったりで今年も残すところあと2ヶ月と少しになりました。
 いま自分でかいておきながらかなり後悔したフレーズです「残すところあと二ヶ月と少し」。ファック。

 で、まあ僕はといえば合いも変わらず朝から晩まで労働したり悋気に満ちてみたり労働したり悶々としたりしている。そういうことである。

 そんな日々にもまあ終わりは来るもんで、今すんでいる部屋の契約が今年で切れるので、引越しを考えている。
 引っ越すといっても職場は変えたくないし、今ぐらいのほどよい田舎さが気に入っているので、あまり遠くは無いところに引っ越すつもり。

 そんなわけでまだまだ引越しは先なのだが、部屋を整理しておりまして。
 上京してからもう4年も経つもんで、色々埃や汚れ以上に積もったりこびりついたものが僕の部屋にも脳みそにも溢れかえっている。
 そしてそれらは時に明確な物質として僕の部屋の面積をガッツリうめていたりするのである。

 本は売りに売ったがまだ本棚二本分あり、さてここからどうしよう。となる前に、発掘されてきたのは上京するときに持ってきた過去の日記帳やら参考書やら・・・・・・なぜか中学生の頃に書き溜めていた詩とも小説とも漫画ともつかないノートもある・・・・・・こんなの実家に置いておくもんだろ、なんで東京の一人暮らしの部屋なのにこんなモヤッとした気持ちになるんだとも思ったけども、まあ出てきたもんは出てきたのである(まあでもその行動は半ば正しくて、家を出て3年したら実家に僕の家はなくなってたわけだけど)

 で、まあ日記なんかを読み返したりする。

 …………。


 ……はっきりいってひどい。まあひどい。


 仮にこの世界に僕のことをめちゃくちゃ大好きで、生半なことでは嫌いにはなれないなってぐらいに好いてくれる人がいたとしても見せられないレベルでひどい日記だ。
 主に高校生の頃から浪人生の頃も含む日記なのだが、何がひどいかというと、例えばそれが黒歴史的厨二思想に彩られていればまだ救いようがあるのかもしれないが、そういったものではなく、なんというか自己弁護と嘘くさいポジティブシンキングしか書いてないのだ。
 例えば「○○が嫌い」とか「○○しね」ではなく、「○○からこういうダメージを受けたけど、俺は悪くない、でもまあ○○にも言い分はあるだろうし、許してやろうぜ!」みたいな、明らかに本音と裏腹なことが書いてあって気持ち悪い。

 なぜ日記ですら見栄を張るのか、おまえは。どこまでも浅ましい男め……期待を裏切らなくて涙が出るわ。

 そんなわけでいまタイムマシンが目の前にあって過去の自分に一言だけ何か残せるとしたら、家庭恋愛災害進路諸々言いたいことはあるが、何を差し置いてもとりあえず高校生の頃の自分の肩に手を置き「……日記にぐらい本音を書きなさい」と言ってあげたい。
 まるで担任教師が問題児に接するかの如く。
 安西先生が三井にうなずくが如く。

 そして未来にいけるとしたら、「この日記はあそこに隠しておくから早めに焼きなさい、焼いてください……!」と懇願したい。
 まるで四つんばいで涙を流して過去を悔いる不良の如く。
 三井が安西先生に懇願した如く。


 というわけで、ブログ再開ということもあり、しばらくは引越しに際して直面することになった過去の出来事なんかをほじくり返して生きたいと思います。
 多分順調に死にたくなるはず!
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