FC2ブログ

会議のあと

 というわけで、ようやっと気持ち的にも落ち着いたので『ナイゲン(全国版)』の終了をここに宣言するのです。


 そんなもん僕がしなくてもすでに終わってますしみんな日常を生きているのですが、まあそれは置いておいてね。

 僕はまあ高校時代にリアルに文化祭の実行委員長とかやってまして、しかも50周年とかいう割と記念すべき文化祭で、張り切っちゃって完全に「どさまわり」ポジションで振る舞っていて。
 実際にああいう押しつけられた企画とかに対してもその場で職員室に殴り込みに行って直談判したりとか、いま思うと恥ずかしいような思い出もあるわけですよ。

 そんなわけで初めてナイゲン(この時は2013年版)を観た時には衝撃を受けまして。
 ああ、俺がいるじゃんか、と。
 俺の話じゃないですか、と。
 まあそんな気持ちを無視してもナイゲンって作品の会議モノとしての完成度とかやっぱり『12人の優しい日本人』へのオマージュとかそういうもんをバシバシ感じて、それだけですげーって思ったんですけど。

 でもやっぱり『ナイゲン』って作品にこんなにも気持ちが動かされるのは、作品としての良し悪しとか好き嫌い以上に気持ちが寄り添ってしまうのは、あそこにいつかの僕が見えるからだったのでしょう。



 「納得いかないことには反対しなきゃいけないんだって! なんでそれがわかんないんだよ!」



 ってどさまわりが叫ぶシーンが終盤にあります。
 叫ぶっていうか、僕はこれが駄々をこねてるように見える瞬間がすげーあって。
 あの場で「大人で」「正しい」のは多分どさまわり以外のみんななんですよね。
 どさまわりが叫び続けていることっていうのは見方によってはわがままだったり現実的じゃなかったり、彼一人が納得しないから逆らっているように見えてしまうんですよね。
 でもあれは、間違いなくあの頃の僕自身だなーと思うと共に、あの頃から地続きで今ここにいる僕自身でもあるなあ、とも感じたんです。

 僕の学校は地方のよくあるプチ進学校で、ほとんどの人間が大学進学するし、けっこう頭のいい大学行ったりするやつも多くて、まあみんな勉強して大学行くのが普通だったんですよね。
 僕は勉強嫌いだし、勉強してなかったし、頭悪くて成績も悪くて、もう本当に先生に「おまえ大学行けると思ってんの?」ぐらい言われてたんですけど、なんとなく行きたい大学見つけて「まあ勉強します」っつって一浪して勉強し始めたんですよ。
 本当に渋々、まあ、そうだよな、やらなきゃな、と思って。
 でもまあ、まあ、まあまあまあ、勉強が嫌いで。
 勉強が、と言うより高校入試っていう勉強のシステムが嫌いで。
 みんな言うんですよ「将来のために勉強しなさい」「やりたいことがあるならその為に大学を選んでそこを目指しなさい」って。
 でもやらされてる方は正直それが嘘だって気が付いてるんですよ。
 「いま俺たちが必死こいて勉強してるのは大学に行って好きなだけ遊ぶためだ」とか「やりたいことがあって大学に行ってもなれるとは限らない」とか「将来のためっていうけど、大学行って勉強しても就職先は全然関係ない仕事になる」とか、わかってるんですよ。

 でも高校生の時に勉強していることはね、まあ理系科目ならともかく、使わないんですよ、全然、進学して大学入って、高校の時の勉強を使わないって知ってるんですよみんな。
 それって、すげーなんか……なんなの!? それ、この、これやってる時間、これやらされてる時間って人生においてのなんなの!?って思い続けてたんですよね、当時。
 いや別にそれを有効活用する場面もいくらでもあっただろうし、なんなら有効活用しなよ、と今なら思えるんですけど……っていうか今だったら普通に勉強してると思うし。
 だけどその当時はそういう風には考えられなかったんですね。 
 入試のための勉強ってさー、それってさー! って。
 だって、明日死んだらさ、やりたいこととか好きなこととか挑戦したいことがあって、それをやらずに、やらされてることやって、それで明日死んだら満足できんのかよ。そんなことのために生きてるのかよ、と思ってたんですよ。

 もっと言うと、この勉強が何のためにあるって言ったら大学進学のためで、大学進学が何のためにあるかって言ったら多くの場合就職のためで、じゃあその就職はなんのためかっつったら生きてくためで、じゃあ俺は数年後の生活のために今の時間を費やしてるのかよ、と。
 今って、数年後のためにあるものなのか?って思ったんですね。
 
 全然納得できなかったんです。
 数年後のために今を犠牲にするのが。
 もっというとそれを「犠牲」だとしか思えないのに甘んじて受け入れてしまうことに。

 そしてそれが溜まりに溜まった時、思ってしまったんです。

 納得できないことには反対しなきゃいけないって。


 ……そんなわけでそれからまた色々ありまして今は全然売れてない俳優をしてたりするんですけど。
 思えばあそこがスタート地点で、あそこからずっと、僕は「納得できないことには反対する」=「納得できない生き方には従わない」っていうことを心のどこかで抱えて生きてきたのかもしれないなーと、今回『ナイゲン』の最後に立ち会って思いました。

 そういう意味で、今回関わって改めて当時から今までの色々な感情とか出来事を俯瞰して眺めて、僕のあの頃は一旦、ちゃんと落ち着きどころを見つけたのかもしれないな、と感じました。
 少なくとも当時のそういう感情の爆発から色々あって、こうして『ナイゲン』というめちゃくちゃ素晴らしく面白い作品のこんなに素敵な最後に関われたというのは中々悪くない、いや本当に素晴らしい選択だったといえるんじゃないかな、と思えました。

 少し不安だったけど、あー俺、間違ってなかったわ、よかったわ俳優やって、と心の底から思えたのはめちゃくちゃ良かったです。嬉しかったです。

 
 まあそんな感じで話はとっ散らかりましたが、ナイゲンには感謝しかございませんよ、という話でした。
 うまくまとまんねえや。
スポンサーサイト



おばか屋敷劇中ポエム集

 『ナイゲン(全国版)』も終わりましてはや一週間。

 実は京都公演終わってから東京FACE公演本番までの稽古でいくつか追加された要素として「おばか屋敷のポエム」っていうのがありました。

 もともとおばか屋敷は自分の意中の相手である3148の横顔を描き続けているというキモさがあったんですが、今年のおばか屋敷は全体的に気持ち悪く、今さらその程度ではキモさが増さないと判断されまして、更なるキモさを追加させるために「似顔絵の横にポエムを添えている」というスパイスを配合。見事に最終形態へと進化を遂げたのです。

 ちなみにこの「ポエム添え似顔絵」ですが、再演、再々演時のおばか屋敷役である長谷川さんはナチュラルに誰に言われるでもなく絵の横にポエムを書き添えていたらしいのでマジ恐怖です。


 そんなおばか屋敷ポエムですが、劇中では音読されても途中で掻き消されてしまい最後には破り捨てられてしまうので、一体どんな内容だったのかと気になる方も続出したことでしょう!!!!

 実は完全に日替わりでしかも毎回僕が自分で考え考え練りに練って書いていたのです。

 というわけで、稽古の段階から書き溜めたポエムをなるべく時系列順に並べてみました!
 コアなファンの方はぜひ堪能してください!

 きみは、どのポエムを破りたい?

 ※途中で寒気がした方はすぐに読むのを中止してください!


1作目
君のほほえみで 僕の心にさざ波が広がる
君の無邪気な声で 僕の心に風がそよぐ


 我ながらすごくいい出来だと思ってます。対句になってるんですね。心にさざ波って表現が好き。
 でも稽古場ではあんまりキモくなかったらしく、みんな「あ、ハイ……」みたいな感じでした。
 ガチだと思われるのがマジでキツイ。


第2作目
魔法のような君は
僕の季節だけを置き去りにして
軽やかに通り過ぎる


 これも好きだった。軽やかに通り過ぎるっていうのがいいですね。思春期の女の子はね、すぐ大人になっちゃうんで、取り残されてる感じなんですよ。


第3作目
夏のキミにはヒマワリが似合う
だって大輪の笑顔がまぶしくて
そう 笑って
ボクの夏を夢色に変えて
キミの季節を教えておくれ


 「夏を夢色に変えて」が素晴らしい表現だと我ながら震えました。すごくない? これ。
 「教えておくれ」がキモイ。
 全体的に『君は天然色』のイメージでした。


第4作目
キミをつかまえられなくて
いつも臆病な言葉に逃げ込む
あの一瞬でキミと手をつなげたんだ
そんな未来だってきっと描けたはず
風に流されたため息を数えて


 「あの一瞬でキミと手をつなげたんだ」っていうけど、勘違いです。
 「いつも臆病な言葉に逃げ込む」って地味に気に入ってます。尾崎っぽくないすか。


第5作目
LOVEって言葉じゃ陳腐すぎるくらい
君へのキモチ溢れてる……!
夏が、トマラナイ……!
きみに、トマラナイ……!!


 このあたりから「音読しづらいから通し稽古前にグループLINEでポエムを流しておく」って羞恥プレイが始まりました。
 最後の1行は突発的に書き足したはず。


第6作目
白いワンピースでボクにほほ笑む
君は透明な女の子
夏の日差しよりも もっと! もっと!
輝いて 駆け抜けておくれよ!
そうボクの心臓(ハート)の方に!


 スピッツがちょっと入ってます。あと「透明な女の子」は3148の似顔絵を描く際にいつもNUMBER GIRLの『透明少女』を爆音でききながら描いてたんで、その影響ですね。本番前のアップでもずっときいてました「透明少女」は。


第7作目(場当たり?)
君の唇からこぼれた夢の欠片(かけら)
僕は大事にしまいこむんだ
古いトランクを車にのせて
キミとゆりかごを飛び出すのさ
恋なんて文字(キゴウ)じゃ描けやしない未来(いつか)


 完全にスピッツですね。
 リアル高校時代はスピッツが好きだって女の子が言うだけでその子のことをちょっと好きになってました。
 好きな子にスピッツのCD貸したりしてて、その子が大学入った途端に年上の彼氏作ったりしてしばらくスピッツきけなかった暗黒期間もありました。
「唇からこぼれた夢の欠片」は唾液のことです。


第8作目(ゲネプロ)
届かない想いを今日も綴る
窓の外の君を追いかけて
湿った風に君の鼓動を感じて


 体育の時間でね、あのー、外を走ってるんですよ、向こうが。水温が低くてプール使えなかったんで、あの娘のクラスは校庭で体育なんですね。曇ってて、夏にしては涼しくて、雨が降りそうなんですね。僕はたぶん日本史の授業うけてるんですけど、窓からじっと眺めてるんですね。


第9作目(初日)
今夜見る夢はキミの香り
さっき後ろ髪がボクを撫でたから
星明りの下で君の名前を呼ぶ


 おばか屋敷が最後にポエム冊子を奪い返すまでに5人ぐらいの手を経由していくので、みんなが1行ずつ音読できるように、なるべく5行ぐらいのポエムを考えてたんですけど、なんかもはや海のYeah‼‼とアイスクリースマスの二人しか音読してないと判明して、また書きやすい短いのに戻りました。
 後ろ髪が触れられるような絶妙な位置を計算してたたずんでいたのだろう。


第10作目(2日目マチネ)
君への気持ちを握りしめる
今はまだ斜め後ろから景色
でもいつか隣り合わせで笑いたいんだ


 「斜め後ろからの景色」は授業の座席とかではなく、いつも背後の物陰から3148を見つめているのでその景色ですね。そろそろネタ切れ。


第11作目(千穐楽)
瞬間(とき)よ 止まってはくれないか……?
Why?(ホワイ) 伝えられない? このオモイ……!
届かないならいっそ夢のように散って
君を消し去って……!

 
 この会議が終わったらもう君に会えなくなってしまう、という気持ちです。
 それと共にこの芝居終わらせたくないな、という僕の想いも込めました。
 アイスクリースマス役の津和野さんに「2行目が韻踏んでたからついラップ調で読んじゃった」と申告され、初めて韻を踏んでいることに気が付く。




 というわけで、全11作。たぶん書き留めてないのも合わせるともう少しあるんですが、よくも書いたりですな。
 一人の女の子にここまで詩を書いたのは生まれて初めてでした。
 なにがすごいって、こんな気持ち悪い詩を詠まれているということに耐え抜いた3148役の榎並さんの精神力ですよね。
 俺なら演出家に抗議してます。気持ち悪いし。

 みなさん気に入ったポエムがあったらスクリーンセーバーにしたり待ち受けにしたり、自由に使っていいですからね?
 使ったことさえ申告してくれれば著作権フリーですからね?

 というわけでこれからポエム俳優として小劇場界を激震させていく予定ですので、ぜひともポエムのオファーもください。
 一行、一篇からご相談承ります。

渦を巻く!

 『うずまき』を中学生の頃に友達の家で観た時、「で、結局なんで渦巻いてんの?」っていうのが分からなくてイマイチ怖がれなかった。

 とりあえず人間が洗濯機に入ってるインパクトはヤバかったのを覚えてます。

 渦を巻く。
 ありとあらゆる感情が腹の中で渦を巻き、それはさながら洗濯機の中のように僕の胃の中もぐるぐるかき回し、おかげでここんとこ下痢ばかりしています。下痢ばかりの人生です。

 昨日は落語を観て、落語やりたいなーと思ったり。
 尊敬する諸先輩方と飲んで、俺がんばんなきゃなーと思ったり。
 あと今朝初めて話した新居の大家さんが捉えどころのないおばあちゃんで、愛想よく接しなきゃなーと思ったり。
 佐々木あらら氏の短歌を読んで、アーモテタイモテタイナーと思ったり。

 日々色々なことを考えていますが、とりあえず道端に300万円ぐらい落ちてないかなーと言うのが今のところ抱える一番強い感情です。

 『うずまき』はなんで渦巻いてたんすかね? 謎ですよね? 

今宵会う人みな懐かしき

 昔から、「今宵会う人みな美しき」の句が好きです。

 与謝野晶子の句で、ぐぐったら「清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 今宵会う人みな美しき」というのが正式な句なんですね。

 京都行ったのに全然この句のこと思いださなかったな。清水寺はいったけど、祇園ってどのへんだったんだろう。

 この句は確か、もうここまでググるのは面倒くさいんでしてないんですけど、たしか不倫相手の男との逢引きの帰りかなんかに詠んだ句だったんじゃなかろうか、もしくはその時は不倫関係じゃんかったんだけど、ただ単に好きな男だったっけか。

 ともかく良いことがあったんですね、与謝野晶子。
 よいことがあると、とりわけそれが自分に関する良いことで、そんな良いことが生活のうちにパッと起きると、なんだか自分の人生もそんなに捨てたもんじゃないな、と思えるんじゃなかろうか。この世界も悪くないじゃないかと思えるんじゃないだろうか。僕はよくお酒を飲むとそう思えますけど、まあそういう感じで詠んだいい感じにキマッてる句ですよね。脳内麻薬ドバドバですよね。いい句です。僕は好きです。


 さっきまで今年芝居をした共演の方々と会っていて、ふらっとこれまた共演した方のやっている店に入ったら、お世話になった方や、別の芝居で共演した方や、これまた別の芝居でお会いした方なんかもいて、ちょっとした僕個人の忘年会みたいになり、ああこうして色々な人と出会って一年とか五年とか十年とか過ぎていって色々な場所が懐かしいばかりになって、そうして懐かしいで満たされて死んでいくんだろうなあ、とよくわからないことを想いました。

 今宵会う人みな懐かしき。という。
 自分の葬式なんかそのピークでしょうね。

黄金風景 / 太宰治

 太宰治ってあんまり読んだことないし、読んでもそんなに好きではないんだけど、『黄金風景』だけすごく好きで。

 自分の色々がぐっだぐだの時に深夜ドラマでこれがやっていて、向井理が太宰役で、昔いじめていた女中が優香だったんだけど、向井理が高慢でやなやろーなのも、優香が愚鈍でいじめられるのもはまり役で、向井理の落ちぶれっぷりとかその頃の自分の心情とも重なって他人の家で泣きながら茫然としてたのを覚えてる。このドラマイメージが強かったんだと思う。

 ラストシーンが夕焼けの中、向井理が「負けた」「これはいいことだ」って独白して終わるのだけど、小説版を読んでもやっぱり最後の「負けた、これはいいことだ、そうでなければいけないのだ。」って一文がこの小説の良さのすべてだと思う。

 そうでなければいけないのだ、って一文がいいのだ。

 負けた、って傲慢さがいいのだ。

 最近読み返したら最後の5行がぞくぞくするぐらい良かった。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2257_15061.html
プロフィール

fullyashiki

Author:fullyashiki
ツイッター @fullyashiki 名義でやっております。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR